2012年01月09日
今年初めの・・・♬
遅くなりましたが・・・・・
1月2日 美音之栄会 新春演奏を
昨年「しゃみるらいぶ」をさせていただいた右衛門横町さんで演奏しました


年始にとってもいい緊張感の中 演奏出来て感謝です

寒いのに沢山のお客様にお越し頂き嬉しかったです

右衛門横町様 音響のK様 ありがとうございましたぁ

今年もみんなで楽しく元気に演奏して 沢山の方に喜んで頂けるように
頑張っていきますので どうぞ 坪内流、そして美音之栄会 の応援宜しくお願いいたします


Posted by まかゆれ at
23:17
│Comments(2)
2012年01月04日
一流芸能人から年賀状をもらうまかゆれ(^^)v
見た?見た?見た?見た?|д゚)
正月のTVの格付けチェック
やばいろ?
やっぱGACKT様 本物やろ?
さすが、あたしが惚れる男です(笑)
そんなあたしの彼から今年も年賀状が届きました
仕方がないので(?)特別皆さんにお見せしましょう~

黙って突いて恋
やって。
はぁ~~~~~~~~~~っ
あたしどうしたらいいですか?
Tちゃんごめんね。もうあなたに勝ち目はありません(笑)
正月のTVの格付けチェック

やばいろ?
やっぱGACKT様 本物やろ?
さすが、あたしが惚れる男です(笑)
そんなあたしの彼から今年も年賀状が届きました

仕方がないので(?)特別皆さんにお見せしましょう~


黙って突いて恋

やって。
はぁ~~~~~~~~~~っ

あたしどうしたらいいですか?
Tちゃんごめんね。もうあなたに勝ち目はありません(笑)
Posted by まかゆれ at
01:08
│Comments(4)
2012年01月01日
アケオメ♪

あけましておめでとうございます\(^O^)/
今年もよろしくお願いします!
今日はグリーンホテルで、高山市文化協会の新年互礼会に出席してきました。
写真はお家元と、赤岩さん、飛呂之栄先生とパチリ☆
今年も三味線ジャンジャンバリバリ頑張ります♪
早速 明日は右衛門横町で新春演奏です
10:00〜、11:00〜 2回公演 無料
是非お越し下さいo(^∇^o)(o^∇^)o
Posted by まかゆれ at
17:03
│Comments(2)
2011年12月28日
お嬢様犬ももこ(^ ・ェ・)

我が家の犬(^・ェ・) ももこ はお嬢様。
お嬢様座りをいっつもするんです(笑)
どこん家の犬もこんな座り方するんかな?(o^∀^o)
Posted by まかゆれ at
15:15
│Comments(2)
2011年12月27日
正月からジャンジャンバリバリ♪
毎日 白ごはんを食べることに幸せを感じているまかゆれです(笑)
なんだかんだとバタバタしてますが・・・1年は あ~~~~~~~~~~~っという間!!!!
歳はとりたくないですが、今年もあと5日
あれこ~~わいさ
あっという間に時間が過ぎていくのは充実している証拠
年末はあと1回合同稽古のみ。
最後やでビシバシやろうと思います(笑!弟子覚悟
)
実は正月1月2日に 新春演奏といたしまして
しゃみるらいぶをさせていただいた右衛門横町さんで演奏することになってます
めっちゃ楽しみです
AM10:00~
AM11:00~
2回ステージで な~~んと無料で
是非正月から美音之栄会のジャンジャンバリバリ演奏を聞きに来てくださいませ
右衛門横町ブログ
なんだかんだとバタバタしてますが・・・1年は あ~~~~~~~~~~~っという間!!!!
歳はとりたくないですが、今年もあと5日

あれこ~~わいさ

あっという間に時間が過ぎていくのは充実している証拠

年末はあと1回合同稽古のみ。
最後やでビシバシやろうと思います(笑!弟子覚悟
)実は正月1月2日に 新春演奏といたしまして
しゃみるらいぶをさせていただいた右衛門横町さんで演奏することになってます

めっちゃ楽しみです

AM10:00~
AM11:00~
2回ステージで な~~んと無料で

是非正月から美音之栄会のジャンジャンバリバリ演奏を聞きに来てくださいませ

右衛門横町ブログ
Posted by まかゆれ at
01:44
│Comments(6)
2011年12月20日
工藤さんって!!!!
今日のゆうさんのブログに感動しまくっちゃいました
素敵すぎるんです
では どうぞぉぉぉぉ~~~
工藤公康選手のお話です。
衝撃を受けました。。。
古賀史健氏のblogより引用させて頂きます
http://office-koga.com/2011/12/13/kudo/
~~~
先日、DeNAの監督就任交渉が決裂した工藤公康投手が、
現役引退を発表されました。
西武、ダイエー、巨人、横浜、そして再び西武と渡り歩き、
実働29年間で通算224勝をあげた大投手です。
今日はその工藤公康さんの話をさせてください。
ときは1999年、当時工藤投手が在籍していた福岡ダイエーホークスが
中日ドラゴンズを破って日本一に輝いたシーズンオフにさかのぼります。
自身はパリーグMVPに輝き、女房役の城島健司捕手は一人前に育ち、
まさにホークス黄金時代の幕開けを予感させたシーズンオフ。
ダイエー球団側は、日本一最大の功労者と思われる工藤投手に対し、
あまりに誠意を欠いた契約交渉を行いました。
もう10年以上前のことなので細かいことは忘れてしまいましたが、
工藤投手と球団側がメディアを介してバッシングし合う典型的な泥仕合となり、
やがてFAによる巨人移籍が浮上してきます。
そこでホークスファンは工藤投手への署名活動を開始して、
なんと15万人以上ものファンが「ホークスに残って」との嘆願書を送りました。
ぼくも、そのうちのひとりです。
インターネット経由ではありましたが、署名とメッセージを送りました。
しかし、ファンの願いは届くことなく、工藤投手は巨人にFA移籍してしまいます。
それから約2年ほどのあいだ、
ぼくは巨人のユニフォームを着て活躍する工藤投手を好きになれませんでした。
やがて自分が署名活動に参加したことも忘れ、
熱心にプロ野球中継を観ることもなくなっていきました。
そんなある日、驚くべきことが起こります。
なんと、当時住んでいたマンションの郵便受けに
工藤投手から住所と宛名が直筆で書かれたハガキが届いていたのです。
そのハガキには直筆のサインとともに、こんな言葉が書かれていました。
「マウンドで投げる47の後にいつもあなたの声援があったこと、
この5年間に感謝を込めてありがとうございます」
のちに聞いたところによると、
巨人移籍後の工藤投手は
時間を見つけては、自分に嘆願書を送ってくれたファンの全員、
つまり15万人のファン全員に対して、
このハガキを書いていたのだそうです。
ぼくがハガキを受け取ったのは署名活動から2年後のことでした。
きっと何年もかけて、コツコツと書かれていたのでしょう。
それからおよそ10年後、
ぼくは『40歳の教科書』という本の企画で
工藤投手にインタビューする機会に恵まれます。
ただただ「ようやくありがとうを伝えられる!」という喜びでいっぱいでした。
取材当日、ぼくは持参したハガキを差し出して、
できるだけストレートに感謝の言葉を伝えました。
工藤投手は照れを隠すように「おおっ!」とハガキを手に取ると、
ハガキを見つめたまま、誰に語るともなく語りはじめました。
「いやあ、懐かしいなぁ」
「ちゃんと持っててくれたんだね」
「おれさ、もう一枚も持ってないんだよ。書くばっかりでさ」
「うん、こうやって人から見せてもらったのは初めてだな」
「そうかそうか、うん。懐かしいよね」
「ありがとう、ありがとう」
自筆のハガキを手に、少しだけ恥ずかしそうに語るその笑顔は、
まるで旧友と再会した少年のようでした。
・・・━━━☆・
今日の1歩
・・・━━━☆・
ねっ
今まで工藤選手ってあんまりニコニコしてない感じで
目がギョロッっとしてて・・・・
とかのイメージだったんだけど
めっちゃファンになりましたぁ~
ではでは 今日はおしまい。

素敵すぎるんです

では どうぞぉぉぉぉ~~~
工藤公康選手のお話です。
衝撃を受けました。。。
古賀史健氏のblogより引用させて頂きます
http://office-koga.com/2011/12/13/kudo/
~~~
先日、DeNAの監督就任交渉が決裂した工藤公康投手が、
現役引退を発表されました。
西武、ダイエー、巨人、横浜、そして再び西武と渡り歩き、
実働29年間で通算224勝をあげた大投手です。
今日はその工藤公康さんの話をさせてください。
ときは1999年、当時工藤投手が在籍していた福岡ダイエーホークスが
中日ドラゴンズを破って日本一に輝いたシーズンオフにさかのぼります。
自身はパリーグMVPに輝き、女房役の城島健司捕手は一人前に育ち、
まさにホークス黄金時代の幕開けを予感させたシーズンオフ。
ダイエー球団側は、日本一最大の功労者と思われる工藤投手に対し、
あまりに誠意を欠いた契約交渉を行いました。
もう10年以上前のことなので細かいことは忘れてしまいましたが、
工藤投手と球団側がメディアを介してバッシングし合う典型的な泥仕合となり、
やがてFAによる巨人移籍が浮上してきます。
そこでホークスファンは工藤投手への署名活動を開始して、
なんと15万人以上ものファンが「ホークスに残って」との嘆願書を送りました。
ぼくも、そのうちのひとりです。
インターネット経由ではありましたが、署名とメッセージを送りました。
しかし、ファンの願いは届くことなく、工藤投手は巨人にFA移籍してしまいます。
それから約2年ほどのあいだ、
ぼくは巨人のユニフォームを着て活躍する工藤投手を好きになれませんでした。
やがて自分が署名活動に参加したことも忘れ、
熱心にプロ野球中継を観ることもなくなっていきました。
そんなある日、驚くべきことが起こります。
なんと、当時住んでいたマンションの郵便受けに
工藤投手から住所と宛名が直筆で書かれたハガキが届いていたのです。
そのハガキには直筆のサインとともに、こんな言葉が書かれていました。
「マウンドで投げる47の後にいつもあなたの声援があったこと、
この5年間に感謝を込めてありがとうございます」
のちに聞いたところによると、
巨人移籍後の工藤投手は
時間を見つけては、自分に嘆願書を送ってくれたファンの全員、
つまり15万人のファン全員に対して、
このハガキを書いていたのだそうです。
ぼくがハガキを受け取ったのは署名活動から2年後のことでした。
きっと何年もかけて、コツコツと書かれていたのでしょう。
それからおよそ10年後、
ぼくは『40歳の教科書』という本の企画で
工藤投手にインタビューする機会に恵まれます。
ただただ「ようやくありがとうを伝えられる!」という喜びでいっぱいでした。
取材当日、ぼくは持参したハガキを差し出して、
できるだけストレートに感謝の言葉を伝えました。
工藤投手は照れを隠すように「おおっ!」とハガキを手に取ると、
ハガキを見つめたまま、誰に語るともなく語りはじめました。
「いやあ、懐かしいなぁ」
「ちゃんと持っててくれたんだね」
「おれさ、もう一枚も持ってないんだよ。書くばっかりでさ」
「うん、こうやって人から見せてもらったのは初めてだな」
「そうかそうか、うん。懐かしいよね」
「ありがとう、ありがとう」
自筆のハガキを手に、少しだけ恥ずかしそうに語るその笑顔は、
まるで旧友と再会した少年のようでした。
・・・━━━☆・
今日の1歩
・・・━━━☆・
ねっ

今まで工藤選手ってあんまりニコニコしてない感じで
目がギョロッっとしてて・・・・
とかのイメージだったんだけど

めっちゃファンになりましたぁ~

ではでは 今日はおしまい。
Posted by まかゆれ at
22:26
│Comments(2)
2011年12月20日
ガッツポーズ♪
お久しぶりです\(^O^)/
先日土曜日 は美音之栄会、今年最後の訪問演奏で 山王訪問施設に行ってきました
今年はものすごい沢山いろんなところで演奏させていただいて勉強になりました
お弟子さん達もいつも嫌な顔せず、
みんな喜んで演奏してくれて嬉しかった
そして、とっても上達して自信もついてきました!
今日も聞いて下さる方に喜んで頂けるようにと一生懸命演奏した甲斐もあり
おじいちゃんおばちゃん達が涙、涙、で感動して下さいました



握手しながら私もいっぱいもらい泣きしました
絶対又来年も再来年もずっと見てもらえるように長生きしてね
又演奏も頑張ります
今回も演奏させていただきありがとうございました
お弟子さん達ありがとう
千葉さん、いつも素晴らしい太鼓ありがとうございました
川尻さん、素敵な尺八演奏ありがとうございました
付き添いの親さん、いつもサポートありがとうございました
部活やお仕事や用で演奏出来なかった皆さん又来年頑張りましょう
体育会系だしやっぱガッツポーズ(笑)
写真みんなめっちゃいい顔してるね
来年も又しごきます(笑)

あたし 腕 太っ・・・・
先日土曜日 は美音之栄会、今年最後の訪問演奏で 山王訪問施設に行ってきました

今年はものすごい沢山いろんなところで演奏させていただいて勉強になりました

お弟子さん達もいつも嫌な顔せず、
みんな喜んで演奏してくれて嬉しかった

そして、とっても上達して自信もついてきました!
今日も聞いて下さる方に喜んで頂けるようにと一生懸命演奏した甲斐もあり
おじいちゃんおばちゃん達が涙、涙、で感動して下さいました




握手しながら私もいっぱいもらい泣きしました

絶対又来年も再来年もずっと見てもらえるように長生きしてね

又演奏も頑張ります

今回も演奏させていただきありがとうございました

お弟子さん達ありがとう

千葉さん、いつも素晴らしい太鼓ありがとうございました

川尻さん、素敵な尺八演奏ありがとうございました

付き添いの親さん、いつもサポートありがとうございました

部活やお仕事や用で演奏出来なかった皆さん又来年頑張りましょう

体育会系だしやっぱガッツポーズ(笑)

写真みんなめっちゃいい顔してるね
来年も又しごきます(笑)


あたし 腕 太っ・・・・
Posted by まかゆれ at
00:15
│Comments(5)
2011年12月02日
赤くなぁれ(*^_^*)

ひぃばぁちゃん(96歳)が丹精込めて作ってくれた 赤かぶを漬けた。
Tちゃんの大好きな一途芋もいっぱい入れて♪
胡瓜やカリフラワーやら赤ごけ なんかも入れると美味しいんやよなぁ〜
と思いつつ、無精なあたしは、とりあえず今回はこのまま(笑)
美味しくなぁれ〜
赤くなぁれ〜
と混ぜ混ぜしました\(^O^)/
Posted by まかゆれ at
08:53
│Comments(3)
2011年11月28日
バスタオルの用意を・・・
私の元気の源 大好きな ゆうさんのメルマガ 超感動でしたので・・
バスタオル用意してお読みください!
↓
↓
俺には母親がいない。
俺を産んですぐ事故で死んでしまったらしい。
産まれたときから耳が聞こえなかった俺は
物心ついた時にはもうすでに簡単な手話を使っていた。
耳が聞こえない事で俺はずいぶん苦労した。
普通の学校にはいけず、障害者用の学校で学童期を過ごしたが、
片親だったこともあってか、近所の子どもに馬鹿にされた。
耳が聞こえないから何を言われたか覚えていない(というか知らない)が
あの見下すような馬鹿にしたような顔は今も忘れられない。
その時は、自分がなぜこんな目にあうのかわからなかったが、
やがて障害があるということがその理由だとわかると
俺は塞ぎ込み、思春期の多くを家の中で過ごした。
自分に何の非もなく、不幸にな目にあうのが悔しくて仕方がなかった。
だから俺は父親を憎んだ。
そして死んだ母親すら憎んだ。
なぜこんな身体に産んだのか。
なぜ普通の人生を俺にくれなかったのか。
手話では到底表しきれない想いを、暴力に変えて叫んだ。
ときおり爆発する俺の気持ちを前に、父は抵抗せず、
ただただ、涙を流し「すまない」と手話で言い続けていた。
その時の俺は何もやる気がおきず、荒んだ生活をしていたと思う。
そんな生活の中での唯一の理解者が俺の主治医だった。
俺が産まれた後、耳が聞こえないとわかった時から、ずっと診てくれた先生だ。
俺にとってはもう一人の親だった。
何度も悩み相談にのってくれた。
俺が父親を傷つけてしまった時も、優しい目で何も言わず聞いてくれた。
仕方がないとも、そういう時もあるとも、そんな事をしては駄目だとも言わず、
咎める事も、慰める事もせず聞いてくれる先生が大好きだった。
そんなある日、どうしようもなく傷つく事があって、
泣いても泣ききれない、悔しくてどうしようもない出来事があった。
内容は書けないが、俺はまた先生の所に行って相談した。
長い愚痴のような相談の途中、
多分 「死にたい」 という事を手話で表した時だと思う。
先生は急に怒り出し、
俺の頬をおもいっきり殴った。
俺はビックリしたが、先生の方を向くと、さらに驚いた。
先生は泣いていた。
そして俺を殴ったその震える手で、
静かに話し始めた。
ある日、俺の父親が赤ん坊の俺を抱えて先生の所へやってきたこと。
検査結果は最悪で、俺の耳が一生聞こえないだろう事を父親に伝えたこと。
俺の父親がすごい剣幕でどうにかならないかと詰め寄ってきたこと。
そして次の言葉は俺に衝撃を与えた。
「君は不思議に思わなかったのかい。
君が物心ついた時には、もう手話を使えていたことを」
たしかにそうだった。
俺は特別に手話を習った覚えはない。
じゃあなぜ・・・
「君の父親は僕にこう言ったんだ。
『声と同じように僕が手話を使えば、
この子は普通の生活を送れますか?』
驚いたよ。
確かにそうすればその子は、声と同じように手話を使えるようになるだろう。
小さい頃からの聴覚障害はそれだけで知能発達の障害になり得る。
だが声と同じように手話が使えるのなら、
もしかしたら・・・
でもそれは決して簡単な事じゃない。
その為には今から両親が手話を普通に使えるようにならなきゃいけない。
健常人が手話を普通の会話並みに使えるようになるのに数年かかる。
全てを投げ捨てて手話の勉強に専念したとしても、とても間に合わない。
不可能だ。僕はそう伝えた。
その無謀な挑戦の結果は、君が一番良く知ってるはずだ。
君の父親はね、何よりも君の幸せを願っているんだよ。
だから死にたいなんて、言っちゃ駄目だ。」
聞きながら涙が止まらなかった。
父さんはその時していた仕事を捨てて、俺のために手話を勉強したのだった。
俺はそんな事知らずに、たいした収入もない父親を馬鹿にしたこともある。
俺が間違っていた。
父さんは誰よりも俺の苦しみを知っていた。
誰よりも俺の悲しみを知っていた。
そして誰よりも俺の幸せを願っていた。
濡れる頬をぬぐう事もせず俺は泣き続けた。
そして父さんに暴力をふるった自分自身を憎んだ。
なんて馬鹿なことをしたのだろう。
あの人は俺の親なのだ。
耳が聞こえないことに負けたくない。
父さんが負けなかったように。
幸せになろう。そう心に決めた。
今、俺は手話を教える仕事をしている。
そして春には結婚も決まった。
俺の障害を理解してくれた上で愛してくれる最高の人だ。
父さんに紹介すると、母さんに報告しなきゃなと言って父さんは笑った。
でも遺影に向かい、線香をあげる父さんの肩は震えていた。
そして遺影を見たまま話し始めた。
俺の障害は先天的なものではなく、事故によるものだったらしい。
俺を連れて歩いていた両親に、居眠り運転の車が突っ込んだそうだ。
運良く父さんは軽症ですんだが、母さんと俺はひどい状態だった。
俺は何とか一命を取り留めたが、母さんは回復せず死んでしまったらしい。
母さんは死ぬ間際、父さんに遺言を残した。
「私の分までこの子を幸せにしてあげてね」
父さんは強くうなずいて、約束した。
でもしばらくして俺に異常が見つかったそうだ。
「あせったよ。お前が普通の人生を歩めないんじゃないかって
約束を守れないんじゃないかってなぁ。
でもこれでようやく、約束…果たせたかなぁ。
なぁ…母さん。」
最後は手話ではなく、上を向きながら呟くように語っていた。
でも俺には何て言っているか伝わってきた。
俺は泣きながら、父さんにむかって手話ではなく、声で言った。
「ありがとうございました!」
俺は耳が聞こえないから、ちゃんと言えたかわからない。
でも父さんは肩を大きく揺らしながら、何度も頷いていた。
父さん、天国の母さん、そして先生。
ありがとう。
俺、いま幸せだよ。
・・・━━━☆・
今日の1歩
・・・━━━☆・
100人の1歩 http://merumo.ne.jp/00551553.html
バスタオル用意してお読みください!
↓
↓
俺には母親がいない。
俺を産んですぐ事故で死んでしまったらしい。
産まれたときから耳が聞こえなかった俺は
物心ついた時にはもうすでに簡単な手話を使っていた。
耳が聞こえない事で俺はずいぶん苦労した。
普通の学校にはいけず、障害者用の学校で学童期を過ごしたが、
片親だったこともあってか、近所の子どもに馬鹿にされた。
耳が聞こえないから何を言われたか覚えていない(というか知らない)が
あの見下すような馬鹿にしたような顔は今も忘れられない。
その時は、自分がなぜこんな目にあうのかわからなかったが、
やがて障害があるということがその理由だとわかると
俺は塞ぎ込み、思春期の多くを家の中で過ごした。
自分に何の非もなく、不幸にな目にあうのが悔しくて仕方がなかった。
だから俺は父親を憎んだ。
そして死んだ母親すら憎んだ。
なぜこんな身体に産んだのか。
なぜ普通の人生を俺にくれなかったのか。
手話では到底表しきれない想いを、暴力に変えて叫んだ。
ときおり爆発する俺の気持ちを前に、父は抵抗せず、
ただただ、涙を流し「すまない」と手話で言い続けていた。
その時の俺は何もやる気がおきず、荒んだ生活をしていたと思う。
そんな生活の中での唯一の理解者が俺の主治医だった。
俺が産まれた後、耳が聞こえないとわかった時から、ずっと診てくれた先生だ。
俺にとってはもう一人の親だった。
何度も悩み相談にのってくれた。
俺が父親を傷つけてしまった時も、優しい目で何も言わず聞いてくれた。
仕方がないとも、そういう時もあるとも、そんな事をしては駄目だとも言わず、
咎める事も、慰める事もせず聞いてくれる先生が大好きだった。
そんなある日、どうしようもなく傷つく事があって、
泣いても泣ききれない、悔しくてどうしようもない出来事があった。
内容は書けないが、俺はまた先生の所に行って相談した。
長い愚痴のような相談の途中、
多分 「死にたい」 という事を手話で表した時だと思う。
先生は急に怒り出し、
俺の頬をおもいっきり殴った。
俺はビックリしたが、先生の方を向くと、さらに驚いた。
先生は泣いていた。
そして俺を殴ったその震える手で、
静かに話し始めた。
ある日、俺の父親が赤ん坊の俺を抱えて先生の所へやってきたこと。
検査結果は最悪で、俺の耳が一生聞こえないだろう事を父親に伝えたこと。
俺の父親がすごい剣幕でどうにかならないかと詰め寄ってきたこと。
そして次の言葉は俺に衝撃を与えた。
「君は不思議に思わなかったのかい。
君が物心ついた時には、もう手話を使えていたことを」
たしかにそうだった。
俺は特別に手話を習った覚えはない。
じゃあなぜ・・・
「君の父親は僕にこう言ったんだ。
『声と同じように僕が手話を使えば、
この子は普通の生活を送れますか?』
驚いたよ。
確かにそうすればその子は、声と同じように手話を使えるようになるだろう。
小さい頃からの聴覚障害はそれだけで知能発達の障害になり得る。
だが声と同じように手話が使えるのなら、
もしかしたら・・・
でもそれは決して簡単な事じゃない。
その為には今から両親が手話を普通に使えるようにならなきゃいけない。
健常人が手話を普通の会話並みに使えるようになるのに数年かかる。
全てを投げ捨てて手話の勉強に専念したとしても、とても間に合わない。
不可能だ。僕はそう伝えた。
その無謀な挑戦の結果は、君が一番良く知ってるはずだ。
君の父親はね、何よりも君の幸せを願っているんだよ。
だから死にたいなんて、言っちゃ駄目だ。」
聞きながら涙が止まらなかった。
父さんはその時していた仕事を捨てて、俺のために手話を勉強したのだった。
俺はそんな事知らずに、たいした収入もない父親を馬鹿にしたこともある。
俺が間違っていた。
父さんは誰よりも俺の苦しみを知っていた。
誰よりも俺の悲しみを知っていた。
そして誰よりも俺の幸せを願っていた。
濡れる頬をぬぐう事もせず俺は泣き続けた。
そして父さんに暴力をふるった自分自身を憎んだ。
なんて馬鹿なことをしたのだろう。
あの人は俺の親なのだ。
耳が聞こえないことに負けたくない。
父さんが負けなかったように。
幸せになろう。そう心に決めた。
今、俺は手話を教える仕事をしている。
そして春には結婚も決まった。
俺の障害を理解してくれた上で愛してくれる最高の人だ。
父さんに紹介すると、母さんに報告しなきゃなと言って父さんは笑った。
でも遺影に向かい、線香をあげる父さんの肩は震えていた。
そして遺影を見たまま話し始めた。
俺の障害は先天的なものではなく、事故によるものだったらしい。
俺を連れて歩いていた両親に、居眠り運転の車が突っ込んだそうだ。
運良く父さんは軽症ですんだが、母さんと俺はひどい状態だった。
俺は何とか一命を取り留めたが、母さんは回復せず死んでしまったらしい。
母さんは死ぬ間際、父さんに遺言を残した。
「私の分までこの子を幸せにしてあげてね」
父さんは強くうなずいて、約束した。
でもしばらくして俺に異常が見つかったそうだ。
「あせったよ。お前が普通の人生を歩めないんじゃないかって
約束を守れないんじゃないかってなぁ。
でもこれでようやく、約束…果たせたかなぁ。
なぁ…母さん。」
最後は手話ではなく、上を向きながら呟くように語っていた。
でも俺には何て言っているか伝わってきた。
俺は泣きながら、父さんにむかって手話ではなく、声で言った。
「ありがとうございました!」
俺は耳が聞こえないから、ちゃんと言えたかわからない。
でも父さんは肩を大きく揺らしながら、何度も頷いていた。
父さん、天国の母さん、そして先生。
ありがとう。
俺、いま幸せだよ。
・・・━━━☆・
今日の1歩
・・・━━━☆・
100人の1歩 http://merumo.ne.jp/00551553.html
Posted by まかゆれ at
14:59
│Comments(0)
2011年11月27日
♬ しゃみるらいぶ 感動を再び ♬
今月初めに行われました しゃみるらいぶ で ねもさんが
ビデオとってくれたり、写真撮ってくれたり
ねもさん写真1000枚近く撮ってくれたんですって


すんげ~~~~~~!!ですね!!!
感謝
感謝
いつもありがとう~
ということで しゃみるらいぶの感動を再び
ねもさんのブログ(ここをクリックしてね♪)
ちなみに しゃみるわぁるど(ここをクリックしてね♪)にも直行できます
ビデオとってくれたり、写真撮ってくれたり

ねもさん写真1000枚近く撮ってくれたんですって



すんげ~~~~~~!!ですね!!!
感謝
感謝
いつもありがとう~
ということで しゃみるらいぶの感動を再び

ねもさんのブログ(ここをクリックしてね♪)
ちなみに しゃみるわぁるど(ここをクリックしてね♪)にも直行できます
Posted by まかゆれ at
09:29
│Comments(3)
2011年11月23日
結婚記念日かぁ~~~
あっ。もう過ぎてしまったけど・・・・
昨日は結婚記念日。
17年

夫婦でお話

結婚式した日が 結婚記念日?
市役所に婚姻届け出した時が 結婚記念日?
という事になった

どっち?(みんなに問いかけてます)
んでもって、婚姻届けって自分でだしてないけど・・・・
確か おじぃちゃんに出してもらってるよよな

いつ出したか知ってる?
旦那「そういえば 知らんぞぉ~」
え~~~~~~~~~~~~~~~~?
出してなかったらどうする?笑
どうして自分で出しにいかなかったんだろ?
別に好きじゃなかったのか?笑
もしかしてまだ結婚してないかも?笑

なんか適当な結婚したんだな。

そんなんでいいのか?
まっいいっか?笑
来年も元気ならそれで良しってことにしよ
っと。Posted by まかゆれ at
00:19
│Comments(3)
2011年11月22日
最近 撃沈続き・・・・
はぁ~もう1:30か。
寝ないとな。
とテンションもサゲサゲまかゆれです
先日 民謡連合会の総会で年に二回くらいしか会わない年配の先生のに
「あれ~?あなたえらい肥えたね? お腹に赤ちゃんおるでやろ?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・
絶対いませんけど
数週間前にも とあるお店で知り合いの子供さんに
「おばちゃん お腹に赤ちゃんおるの?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
自腹ですけど
さっきは旦那に
「もうちょっと性格丸くしろよ
」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
え?あたし丸くないの?
(かなり丸いと自分で思ってた。笑)
きっとハート型
なんかな・・・?笑
そっか そうなんか そうやったんか・・・・・・
もっと自分磨き頑張ります
寝ないとな。
とテンションもサゲサゲまかゆれです

先日 民謡連合会の総会で年に二回くらいしか会わない年配の先生のに
「あれ~?あなたえらい肥えたね? お腹に赤ちゃんおるでやろ?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・

絶対いませんけど

数週間前にも とあるお店で知り合いの子供さんに
「おばちゃん お腹に赤ちゃんおるの?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

自腹ですけど

さっきは旦那に
「もうちょっと性格丸くしろよ
」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

え?あたし丸くないの?
(かなり丸いと自分で思ってた。笑)
きっとハート型
なんかな・・・?笑そっか そうなんか そうやったんか・・・・・・
もっと自分磨き頑張ります

Posted by まかゆれ at
01:42
│Comments(4)
2011年11月18日
家出しよっかな?
私が2日いないのなんて・・・・今までなかったのかな?
先日 尾鷲に1泊2日に行って帰ってきたら・・・・・
特に台所が ゴミ屋敷でした
あたしが死んだら家族みんなゴミに埋もれてしまうんじゃない?
病弱な中ばぁ~ちゃんが洗濯してくれたでまだよかったものの・・・・・
台所はめっちゃくちゃ
女6人もいたのよっ

あたしが行く前の日のおかずの残り物もそのまんま
ラーメン食べても汁そのまんま
尾鷲の2日目・・・みんなで昼ご飯を食べてたら
テゥルルルル・・・・・
Tちゃん「昼ご飯って何食べたらいいんや?」
「ラーメンでもたべてよ」と優しく言ったものの・・・
こころの中では
「てめぇ~~~そんなことでいちいち尾鷲まで電話してくんじゃねぇ~~~~
自分で考えて何でも食えばいいじゃんっ





」
って感じで
夕方も
子供が
「お母さ~~~ん 紙袋ってどこ?」
自分で捜せよっ

あたしは家族を甘やかし過ぎてました
子供とお風呂に入ってて
「あんた達 お母さんおらんと何にもしんで お母さんちょっと家出でもしよっかな?」
といったら
「ど~ぞ ど~~ぞ」
とニッコリ言われた
いつかそのうち 絶対家出してやるでなっ!!!!!!!覚えとけよっ!!!!
先日 尾鷲に1泊2日に行って帰ってきたら・・・・・
特に台所が ゴミ屋敷でした

あたしが死んだら家族みんなゴミに埋もれてしまうんじゃない?
病弱な中ばぁ~ちゃんが洗濯してくれたでまだよかったものの・・・・・
台所はめっちゃくちゃ

女6人もいたのよっ


あたしが行く前の日のおかずの残り物もそのまんま

ラーメン食べても汁そのまんま

尾鷲の2日目・・・みんなで昼ご飯を食べてたら
テゥルルルル・・・・・

Tちゃん「昼ご飯って何食べたらいいんや?」
「ラーメンでもたべてよ」と優しく言ったものの・・・
こころの中では
「てめぇ~~~そんなことでいちいち尾鷲まで電話してくんじゃねぇ~~~~
自分で考えて何でも食えばいいじゃんっ






」って感じで

夕方も
子供が
「お母さ~~~ん 紙袋ってどこ?」
自分で捜せよっ


あたしは家族を甘やかし過ぎてました

子供とお風呂に入ってて
「あんた達 お母さんおらんと何にもしんで お母さんちょっと家出でもしよっかな?」
といったら
「ど~ぞ ど~~ぞ」
とニッコリ言われた

いつかそのうち 絶対家出してやるでなっ!!!!!!!覚えとけよっ!!!!
Posted by まかゆれ at
00:13
│Comments(4)
2011年11月15日
尾鷲節全国大会終了♪
報告がおそくなりました
尾鷲節全国大会♪
無事終了いたしました
結果は本選に残った お2人は決勝10人には残れず残念でしたが、
素晴らしい舞台に立って歌えた事を喜んでいらっしゃいました
でも本選に残っただけでも凄いですよねっ!!!
中学生のY君の時は祈りながら涙がウルウルでした
Mさんも本当にお疲れ様でした
グランプリの馬場さんは、さすがグランプリ!という感じの素敵な歌声でした
アトラクションの踊りも素晴らしかったです♪
舞妓姿の子供さん達の踊りが可愛いかったぁ〜
私は飛呂之栄先生の横で一緒に演奏させていただき、緊張の中なんとか大役を終えホッとしてます
やっぱり大きな舞台で演奏するのはどんな練習より自信がつきます。
他の一流の方々の演奏も拝見できたし、凄い勉強になりました
小坂先生の生徒さんを思う気持ちとパワフルさとには脱帽でした。
70歳を過ぎには絶対思えません。きっとお疲れになられた事でしょう
小坂先生、進栄会の皆様、飛呂之栄先生、一緒に演奏した
飛呂之栄会の兄弟弟子の皆様もありがとうございました
又尾鷲に行きたいなぁと思いました(*^_^*)
三味線弾いてるといっぱい幸せになります♪
ありがとうな毎日に感謝感謝







尾鷲節全国大会♪
無事終了いたしました

結果は本選に残った お2人は決勝10人には残れず残念でしたが、
素晴らしい舞台に立って歌えた事を喜んでいらっしゃいました

でも本選に残っただけでも凄いですよねっ!!!
中学生のY君の時は祈りながら涙がウルウルでした

Mさんも本当にお疲れ様でした

グランプリの馬場さんは、さすがグランプリ!という感じの素敵な歌声でした

アトラクションの踊りも素晴らしかったです♪
舞妓姿の子供さん達の踊りが可愛いかったぁ〜

私は飛呂之栄先生の横で一緒に演奏させていただき、緊張の中なんとか大役を終えホッとしてます

やっぱり大きな舞台で演奏するのはどんな練習より自信がつきます。
他の一流の方々の演奏も拝見できたし、凄い勉強になりました

小坂先生の生徒さんを思う気持ちとパワフルさとには脱帽でした。
70歳を過ぎには絶対思えません。きっとお疲れになられた事でしょう

小坂先生、進栄会の皆様、飛呂之栄先生、一緒に演奏した
飛呂之栄会の兄弟弟子の皆様もありがとうございました

又尾鷲に行きたいなぁと思いました(*^_^*)
三味線弾いてるといっぱい幸せになります♪
ありがとうな毎日に感謝感謝







Posted by まかゆれ at
00:15
│Comments(4)
2011年11月13日
尾鷲のサタデーナイト♪〜本選♪
おはようございます(*^_^*)

昨夜は 峯様にドドスコラブドッキュンの最高の楽しい夜でした゜+。(*′∇`)。+゜
本当にありがとうございました♪
さて、今日はいよいよ本選!!
の前に子供の部。
進栄会の2人の可愛い男の子が子供尾鷲節日本一を狙います♪
頑張れ!!!p(^^)q
Posted by まかゆれ at
08:48
│Comments(4)
2011年11月12日
ふぅぅ〜〜〜演奏終了♪






進栄会さんからは2人が決勝に進出!
おめでとうございます!パチパチ\(^O^)/
明日も楽しみです♪
今から民宿で尾鷲の美味しい夕飯いただきますぅ(^^)v
Posted by まかゆれ at
17:39
│Comments(0)
2011年11月12日
尾鷲節全国大会♪



今日は尾鷲節全国大会に出場してます♪
いつもお世話になっている小坂先生の生徒さんの唄の地方演奏です!
今日は予選!
朝5:00出発しました(^^)v
尾鷲の素晴らしい場所で演奏させてもらえてとっても嬉しいです゜+。(*′∇`)。+゜
加藤流の訓峰さん(お話した事ないのにいつも先生と峰様と呼んでいました。笑)
とも一緒に写真を写していただきめっちゃうれP〜(。≧∇≦。)
明日の決勝に沢山の方が残るといいな♪
みんな頑張れ!
私も失敗しないように…(≧▼≦)
Posted by まかゆれ at
13:17
│Comments(1)
2011年11月11日
特に意味はないんですが・・

2011年 11月 11日 11:11 ひだっち投稿

やってみました

万歳!!\(^^@)/
同じこと考えてる人 きっとおるんやろなぁ~~
何か?
Posted by まかゆれ at
11:11
│Comments(3)
2011年11月10日
私の旦那は隣のおじさん…
今日の素敵なメルマガ紹介でぇ〜す(*^_^*)
【どこのどなたか存じませんが】
小林正観さんの心に響く言葉より…
夫婦ゲンカをする人は、これは自分の妻だ、これは自分の夫だ、という誤解をしています。
その人は自分の身内で家族であるから、何をいってもいいと思っているのです。
でも、仮に隣のおじさんが毎月給料を運んでくれていると思ったら、文句を言ったりしないでしょう。
「どこのどなたか存じませんが、毎月、毎月私たちの家族が食べられるようにしてくださって、ありがとうございます。
経済的に困らないようにしてくださって、ありがとうございます」
とただ手を合わせて感謝するしかありません。
「たまの土曜日くらいは、子どものキャッチボールの相手をしてよ」
と疲労困ぱいして帰ってきた夫に向かって、こう言ってしまう妻がいるようです。
隣のおじさんだったら感謝しかないのに、自分の夫であると、なぜそんなにイヤみばかりを言ってしまうのでしょうか。
夫の側からすると、どこのどなたかわからないおばさんが、朝知らないうちに現われて、食事をつくってくれる。
朝起きると味噌汁から湯気が立ち上っている、夕方帰ってくると夕食を用意してくれているなんていうことは、有り得ないことです。
他人だったら、手を合わせて感謝するのに、なぜ夫や妻には感謝しないのでしょうか。
それは、家族という名の甘えでしょう。
原点に立ち戻って、というより、原点よりずっと前のほうまで戻って、夫も妻も、「この人は、もともとは他人だ」ということを認識する。
そして、この他人の男性が私に対して、たくさんのことをしてくださることに感謝。
他人の女性が私に対して、たくさんのことをしてくださることに感謝。
『すべてを味方 すべてが味方』三笠書房
夫婦の間だけでなく、会社でも、親しい友人でも、人間関係には、必ず甘えが存在する。
「甘え」とは、慣れてしまって、お礼のひとつも言えず、逆に、毒づいたり、嫌味をいったりすること。
会社では、給料を払っているのだから、言われた仕事をするのは当たり前。
夫が、毎晩、家に帰ってくるのが当たり前。
妻が、食事や洗濯をしてくれるのが当たり前。
友人が、一緒に食事をしてくれ、話を聞いてくれるのが当たり前。
どんな親しい人であっても、元々は「縁もゆかりもない人」なのだ、と思ったとき「甘え」はなくなる。
そして、「当たり前」の出来事は、本当は奇跡のような有りえないこと、と得心したとき、そこに感謝が生まれる。
当たり前の幸せに、心から感謝できる人でありたい。
□□□□□□□□
【人の心に灯をともす】
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00564226s@merumo.ne.jp
そっか。そ~~~なんやな
私の旦那さんは隣のおじさんだと思うようにします(笑)
(笑)ってつけたらなんか違うかな?
【どこのどなたか存じませんが】
小林正観さんの心に響く言葉より…
夫婦ゲンカをする人は、これは自分の妻だ、これは自分の夫だ、という誤解をしています。
その人は自分の身内で家族であるから、何をいってもいいと思っているのです。
でも、仮に隣のおじさんが毎月給料を運んでくれていると思ったら、文句を言ったりしないでしょう。
「どこのどなたか存じませんが、毎月、毎月私たちの家族が食べられるようにしてくださって、ありがとうございます。
経済的に困らないようにしてくださって、ありがとうございます」
とただ手を合わせて感謝するしかありません。
「たまの土曜日くらいは、子どものキャッチボールの相手をしてよ」
と疲労困ぱいして帰ってきた夫に向かって、こう言ってしまう妻がいるようです。
隣のおじさんだったら感謝しかないのに、自分の夫であると、なぜそんなにイヤみばかりを言ってしまうのでしょうか。
夫の側からすると、どこのどなたかわからないおばさんが、朝知らないうちに現われて、食事をつくってくれる。
朝起きると味噌汁から湯気が立ち上っている、夕方帰ってくると夕食を用意してくれているなんていうことは、有り得ないことです。
他人だったら、手を合わせて感謝するのに、なぜ夫や妻には感謝しないのでしょうか。
それは、家族という名の甘えでしょう。
原点に立ち戻って、というより、原点よりずっと前のほうまで戻って、夫も妻も、「この人は、もともとは他人だ」ということを認識する。
そして、この他人の男性が私に対して、たくさんのことをしてくださることに感謝。
他人の女性が私に対して、たくさんのことをしてくださることに感謝。
『すべてを味方 すべてが味方』三笠書房
夫婦の間だけでなく、会社でも、親しい友人でも、人間関係には、必ず甘えが存在する。
「甘え」とは、慣れてしまって、お礼のひとつも言えず、逆に、毒づいたり、嫌味をいったりすること。
会社では、給料を払っているのだから、言われた仕事をするのは当たり前。
夫が、毎晩、家に帰ってくるのが当たり前。
妻が、食事や洗濯をしてくれるのが当たり前。
友人が、一緒に食事をしてくれ、話を聞いてくれるのが当たり前。
どんな親しい人であっても、元々は「縁もゆかりもない人」なのだ、と思ったとき「甘え」はなくなる。
そして、「当たり前」の出来事は、本当は奇跡のような有りえないこと、と得心したとき、そこに感謝が生まれる。
当たり前の幸せに、心から感謝できる人でありたい。
□□□□□□□□
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そっか。そ~~~なんやな

私の旦那さんは隣のおじさんだと思うようにします(笑)
(笑)ってつけたらなんか違うかな?
Posted by まかゆれ at
23:54
│Comments(0)





